2023年12月から始めた耐光性実験。
これまでに染料インク、顔料インク、古典インクといろんなインクを試しており、全部で63種類の検証をしています。
今でも検証は続けていて、これまで何度か経過をレポートしてきました。
2年以上検証を続けているインクもあり、ある程度傾向が見えてきたので、考察も含めてレポートしたいと思います。
この記事をおすすめする人
万年筆などに使われているインクの耐光性が知りたい
使われている色素によって耐光性に違いがあるのか知りたい
使われている色で耐光性に違いがあるのか知りたい
そもそも耐光性ってなに?
「耐光性」というのは、光(特に紫外線)にさらされた時に、物質が変色や退色に耐える性質のことです。
光のもつエネルギーがインクの分子結合を破壊することで色が失われます。
インクの組成によって光への強さが変わる
染料インク、顔料インク、古典インクはそれぞれ組成が違います。
組成の違いによってどの程度耐光性に違いがあるかまとめてみました。
染料インクの耐光性

染料インクの組成と特徴

染料インクは「物理的な溶解と定着」に特化した組成を持っています。
万年筆が詰まりにくく鮮やかな色が楽しめるのは、緻密な液体デザインから成り立っているからです。
染料インクの主な構成要素は「色素(水溶性染料)」、「溶剤(精製水)」、「湿潤剤(吸湿剤)」、「界面活性剤(表面張力調整剤)」、「防腐剤・防カビ剤」、「pH調整剤」です。
この中で、「色素(水溶性染料)」がインクの核となる成分になります。
染料は分子レベルで水に溶けきっているというのが最大の特徴です。
そのため、表面積が広く光の影響を受けやすいとされています。
ただ、近年「染料=光に弱い」という図式は徐々に成り立たなくなってきています。
染料は化学構造の強さ・濃度・pH調整剤による安定化によって耐光性を得ている
染料インクの耐光性を高めるための組成上の工夫は多岐に渡ります。
紫外線に強い染料の使用
染料分子は光(紫外線)によって切断されやすいです。
ただ、組成の中に銅やニッケルなどの金属イオンを取り込んだものは、紫外線エネルギーを吸収・分散し破壊されにくくなります。
ブルー系のインクに使われる「銅フタロシアニン」は、染料でありながら高い耐光性を持っています。
これまでの耐光性実験で染料インクの中でも「黒~ブルー系」のインクに高い耐光性が認められました。




セーラーの「夜長」は2年に及ぶ実験でしっかりとした耐光性を示していましたし、1年の実験結果からでもパイロットの「月夜」や「朝顔」、セーラーの「山鳥」などもしっかりとインクカラーを維持していました。
他にもいくつか耐光性を示した青系インクがありましたが、これらのインクには「銅フロタシアニン」
が関連しているのではないかと思います。
古典インクに似た金属イオンの存在


実験の中で染料インクが茶色く退色した状態から2年経過してもその状態を維持しているものがいくつかあり、退色具合が古典インクと似ていました。
寺西化学工業の「アンティークブラック」、またパイロットの「竹炭」などです。
古典インクは、インクに含まれる主成分「第一鉄イオン」が空気中の酸素と反応して「第二鉄(酸化鉄)」となります。
「第二鉄」は高い耐光性をもっています。
古典インクと同じような経過となった染料インクには、古典インクの主成分「第一鉄イオン」のような金属イオンが含まれていたためではないかと思われます。

また、パーカーのブルーブラックは他の染料インクと違い、グレー色に変化した状態で2年間退色せず筆記線が確認できる状態を維持していました。
これもおそらくなんらかの金属イオンが関連し、高い耐光性を示したんじゃないかと思います。
「銅フロタシアニン」の他、「ニッケルフロタシアニン」や「コバルトフロタシアニン」なども染料に使われることが稀にあるようなので、これらが関連しているのかもしれません。
古典インクに使われる「金属イオン」と染料インクに使われている「金属イオン」の違い
染料インクに「金属イオン」が含まれていると、万年筆への影響があるのではないかと心配になりますよね。
古典インクはその主成分である「硫酸第一鉄」、正確には「硫酸第一鉄」が水に溶ける際に放出する硫酸イオンによって強い酸性へと傾きます。
インクに含まれる硫酸イオンや塩素イオンによるステンレスの腐食、また酸化鉄の固着によりインクの通り道を詰まらせてしまう為、ペン先だけでなく万年筆そのものにダメージを与えてしまいます。
対して染料インクはpH調整剤によって中性~弱アルカリ性に調整されています。
染料インクに使われている「金属イオン」はこの調整によって安定した構造へと変化し、古典インクのようにインク自体に強い強酸性を持たず、ステンレスが腐食するといった不具合が起きないように調整されているんですね。
染料の濃度による自己遮蔽


同じ染料でも濃度の高いインクの方が耐光性に優れます。
万年筆インクは濃淡を楽しむという醍醐味がありますが、濃い部分ほど表面の分子が破壊されても下層の分子は生き残りやすいです。
濃い部分の筆記線が残っていたのは、この濃度の差によるものかと思います。
ペリカンの「ロイヤルブルー」やセーラーの「霜夜」など、黒っぽく残った部分はかなりインクに厚みがあったこと、またその部分には数種の色素が重なりあっていたので黒っぽく見えたのかなと思っています。
ただ、もともと淡い色を楽しむインクは、紙の上に展開される分子の密度が低くなるため、短期間で退色してしまいました。
補助的にカーボンブラックを使用していたのかと思えるような残り方ですが、カーボンブラックを使用した時点で染料インクから外れて顔料インクになってしまいますね(笑)
pH調整剤による安定化
染料インクの組成にpH調整剤が使われています。
インクの溶解度を保ち、万年筆の金属(主にペン先)や樹脂への浸食を防ぐ目的で使われています。
pHが適切にコントロールされていない状況下では光(紫外線)によって分子が不安定化し、破壊されてしまうそうです。
アルカリ性で安定させているインクでは、筆記後にpHが変化し、紙の上で強固な結合に移行し、耐光性が向上するように設計しているインクもあるようです。
耐光性を得ることによる染料インクのデメリット
耐光性を得ることによって染料インク本来の魅力が損なわれる場合があります。
ひとつめの金属イオンの導入について、万年筆への影響は少ないということは先に触れましたが、これにより色がくすんでしまったり、彩度が落ちてしまったりするというデメリットがあります。
次いで高濃度化ですが、染料濃度が濃いほど裏抜けしやすくなったり、ペン芯に固着しやすくなったりするといったデメリットが発生します。
染料インクは、顔料インクや古典インクと比べ、初心者でも扱いやすいインクですが、メンテナンスに手間暇が必要となると、初心者でも安心して使えなくなってしまいますよね。
現在販売されている耐光性を持つ染料インクは、メンテナンス性も維持した高機能なインクであると言えます。
顔料インクの耐光性

顔料インクの組成と特徴
顔料インクは「微粒子を水の中に分散させる」という高度なコロイド化学技術によって作られています。
顔料は本来水に溶けないため、そのままでは沈殿してしまいます。
それを安定して液体の中に留め、万年筆の細い溝を通るようにするために複雑な組成になっています。
その主な構成要素は「顔料(色素粒子)」、「分散剤(界面活性剤・樹脂)」、「水(精製水)」、「湿潤剤(乾燥防止剤)」、「pH調整剤・防腐剤」です。
インクの核となるのが「顔料」という成分で、先にも触れましたが、「顔料」は水に溶けず粒子の塊としてインク内に存在しています。
そのため、粒子の中心部まで光が届きにくく、非常に強い耐光性を持っています。


セーラーの「蒼墨」、「ストーリア・パープル」など、2年間の実験で退色せず、インクカラーが維持されていました。
顔料は色素が結晶として存在している

染料インクは分子がバラバラに紙に定着する為、全ての分子がダイレクトに光(紫外線)を浴びます。
対して顔料インクは数千~数万の分子が凝集した「粒」です。
光が当たった表面の分子は光の影響を受けますが、内部にある分子は光から守られるために色が維持されます。
顔料の中でもカーボンブラックなどは、吸収した紫外線を化学結合の切断に使わず、熱エネルギーとして逃がす能力に長けており、色が維持されるということだそうです。
分散剤(樹脂)による効果
顔料インクには、粒子を水中に分散させる為の分散剤(水溶性樹脂など)が含まれています。
この分散剤が顔料インク表面をコーティングしている状態で、紫外線を一部吸収したり拡散させたりする役割を果たし、色素の劣化を遅らせる効果があります。
さらに紙の上で乾くと、分散剤として使われていた樹脂が硬い膜を形成し、光化学反応を促進させる酸化や湿気による劣化を防いでくれる効果もあります。
使われている顔料の種類によって耐光性のレベルは変わる
先にもふれましたが、カーボンブラック(炭素)組成は、炭素が強固な共有結合で結びついており、太陽光のエネルギーでは破壊されにくいです。
理論上数百年単位で不変だそうです。
対して赤色に使われている顔料はキナクドリン系、アゾ系といった有機顔料で、安定した構造で高い耐光性はあるものの、カーボンブラックに比べると劣ります。
さらに発色をよくするために極限まで小さくした粒子は総表面積が増え、紫外線にさらされる面積が増えてしまいます。
もうひとつ、赤という色は紫外線による影響を強く受けてしまいます。
赤というのは「青~紫外線」の光を吸収するという性質があります。
他の色に比べて効率よく吸収してしまう為、分子結合へのダメージが蓄積しやすいのです。


実験で顔料インクの「ストーリア・レッド」が退色してしまったのは、使用されている顔料の種類、また影響の受けやすい赤色であった為だと言えます。
もちろん、常に光にさらされるような状況下でない限り、閉じたノートに書かれた文字は何十年も維持されたんじゃないかと思います。
古典(没食子)インクの耐光性

古典インクの組成と特徴
古典インクは現代の科学インクと異なり、「紙の上で完成する」特性を持っています。
古典ブルーブラックに代表される古典(没食子)インクは、中世から続く知恵と科学の血漿です。
その組成は没食子酸(タンニン酸)、硫酸第一鉄(緑礬(りょくばん))、水、酸性剤、染料によって構成されています。
酸化により生まれる「鉄の鎖」

古典インクは紙に書かれた直後、主成分の「第一鉄イオン」が空気中の酸素と反応して「第二鉄(酸化鉄)」へと変化します。
この「酸化鉄」が「没食子酸(タンニン酸)」と結合し、「鉄タンニン錯体」という非常に安定した黒い不溶性物質を形成します。
この「鉄タンニン錯体」は紫外線の強いエネルギーを浴びても分子結合が壊れにくい、非常にタフな化学構造をしています。


古典インクには初期の視認性をよくするために染料が含まれています。
今回の実験でも染料は早々に退色してしまい、そのどれもが茶色い筆跡だけが残りました。
この茶色い筆跡こそが「鉄タンニン錯体」です。
「鉄タンニン錯体」は光(紫外線)によって茶色く変化する


「酸化鉄」が「没食子酸(タンニン酸)」と結合によって形成された「鉄タンニン錯体」は初期は黒い色をしています。
光(紫外線)によって酸化鉄などを生成、徐々に黒から茶色から褐色へと変化します。
プラチナの「フォレストブラック」や「富士」の他、どの古典インクでも同様の変化が見られましたね。
光を浴びる事で視認性は落ちますが、光を浴び続けるという過酷な状況下でもしっかりと筆記線を残してくれます。
紙の繊維と絡みつく物理的・科学的結合
古典インクは顔料インクのように表面に貼りつくのではなく、紙に浸透して定着します。
紙の隙間に入り込んだ「鉄タンニン錯体」は紙の繊維と一体化しており、光による粒子の剥落が起きにくい状態です。
2年経過時点でも筆跡がしっかりと維持されているのはタフな構造を持った「鉄タンニン錯体」が紙に浸透して絡みついた結果、物理的に剥落しにくくなっています。
「鉄タンニン錯体」自身の耐光性に加え、紙に剥落しにくい状態となっていたため2年間残ったんじゃないかと思います。
最後に

今回はこれまでの実験結果と染料・顔料・古典インクそれぞれの組成などから耐光性を示した要因について考察してみました。
先の記事でも書きましたが、せっかく2年も続けた実験なのでこのブログが続く限り続けていきたいと思っていますし、定期的にレポートしたいと思っています。
この記事が皆さんのインク選びの一助になれば幸いです。
最後まで読んでくれてありがとうございました。





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